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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(あ)1862号 判決 1976年11月18日

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を懲役五年に処する。

第一審における未決勾留日数中一八二日を本刑に算入する。

押収してあるレミントンスポーツマン散弾銃一挺(一二番口径No.三一〇六一八五。最高裁昭和五一年押第一六号の符合1)、散弾空薬莢一個(東京高裁昭和四九年押第五五七号の符合9)及び鉛弾若干(前同号の符合4)を没収する。

第一審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人齋藤悠輔の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。なお、記録を精査するに、被告人は、本件犯行直後自殺をはかり、ガス中毒等による意識障害のため、本件犯行の昭和四八年一二月二一日から入院治療を受けていたが、同月二三日には意識が完全に回復し、日常生活に支障のない退院可能の状態にあったものであり(医師鈴木達雄作成の診断書参照)、翌二四日に逮捕状が執行されて司法警察員の取調を受けた際の被告人の意識がもうろう状態にあったとは認められず、したがって、他の諸事情をも勘案して同日付の司法警察員作成の弁解録取書及び供述調書の信用性を肯認した原判断は、正当である。また、本件猟銃の引金の強度は、約二キログラムであり、この種の猟銃は、銃の床尾に相当程度の衝撃が加えられても機械的爆発を起こすものではないことが認められるところ(原審鑑定人伊藤真吉の供述参照)、原判決がその他の関係各証拠をも総合考察して、本件猟銃の発射が被告人の意識的な行為によるものであると判断したことは正当として是認することができる。更に、被告人の本件犯行は、被害者の当夜の被告人に対する挑発的な言動に起因するところが多い激情的なものと認められるのではあるが、医師市川達郎作成の精神衛生診断書及び記録上認められる本件犯行前後の被告人の言動に徴すれば、本件犯行時における被告人の責任能力を認めた原判断も正当である。

しかし、職権をもって調査するに、本件犯罪の情状として次のような諸事情が認められる。

被告人は、二〇歳のころ結婚し翌年男児(双生児)に恵まれながら、婚家・実家間の確執に禍され四年有余で離婚の憂き目にあい、子どもを夫方に引きとられ、以来二〇有余年の間、バーホステス、マダム、広告デザイナー及びマージャン荘経営により自活の途を歩んできたが、昭和四七年春ころからマージャン客の商社員斉藤某(昭和一九年三月二七日生。独身)に慕われ、母性的感情をもって同人と遇するうち、自然に男女の情に発展して同年八月ころ都内のホテルの一室を借り受け同棲類似の生活をはじめたが、両者の年齢差や生活環境の違いなどを考慮し翌四八年五月ころ右の不安定な生活を解消し、以後、同人とは親しい友人関係にとどめるよう気持の整理を図っていた。

被害者(昭和一四年一〇月六日生)は、斉藤の職場の先輩で、同人と被告人とのいきさつを知っていたが、たまたま当夜同人と飲酒した際、同人と被告人との関係に決着をつけてやると自から言いだし、同人が極力引きとめるのも聞かず午前二時ころ酒気を帯び被告人の営むマージャン荘に赴き話がある旨申し入れ、同午前三時四〇分ころ斉藤を伴い被告人の居住するマンションを訪れた。被害者は、被告人の用意した洋酒を飲みながら、かつて斉藤と他の女性との結婚話がもちあがった折に被告人と斉藤との関係を清算させようとした斉藤の上役の課長に対し、被告人が取り乱して実弾をこめてない猟銃を手にして脅かし右の結婚をとり止めさせた出来事にことよせて被告人に対し、鉄砲を向けてみないかと申したり、斉藤には結婚相手の女性がいるとつくり話をしたりなどし、更に、被告人のような年寄でも生理がまだあるのかなどその他卑わいな質問を浴びせたが、被告人がそれに対して受け答えしているうち、斉藤とさして年齢のかわらぬ我が子に責任を感じている旨思い詰めたように述懐するや、被害者は、死ぬほど責任を感じているのなら今死ねと申して嘲弄した。被害者の右言動に興奮した被告人は、別室から実弾をこめた猟銃を持ち出して被害者及び斉藤に対して、二人ともあやまれ、帰れと語気荒く申しむけたが、被害者は態度を改めることなく、撃つなら撃てとか遺書を書くかなどと被告人を揶揄し刺激するような言葉を重ね、本件が発生するまでの一時間有余の被害者の被告人に対する話掛けは斉藤と被告人との関係を真面目に解決しようとするようなものではなかった。

被告人は、犯行当夜の被害者及び斉藤の訪問は斉藤との別れ話のためであると察知し、不快な気分を抱いたものの、同人とは知らぬ仲でもないため不本意ながらも同人らを招き入れたのであったが、被害者の前記のような言動に接し、勝気な性格に仕事の疲れと当夜口にしたアルコールの影響が重なって焦燥と怒りに駆られ、時折被害者らに強い口調で反発するうち、前記のような経緯から猟銃を持ち出すに至ったのではあるが、その真意は、被害者を脅かして居室から退散させることにあったものであり、これをも意に介さず、むしろ興趣を感じているかのような被害者の態度に痛く興奮し、遂に、座っていた被害者が立ちあがりかける動作をとったことに触発され、とっさに猟銃の引金をひいたものであって、全くの瞬間的な殺意に基づく偶発的犯行とみられるのである(なお、当夜の斉藤との対話のうちに、それでは三人で死ぬほかないと被告人が申しているが、被告人のその言葉をとらえて殺意を認めることはできない。)。被告人は、右事件直後責任を感じてガス自殺をはかったが、医師の早期の手当により一命をとりとめることができた。

以上のような、被告人の生活歴、本件犯行の経緯、及び犯行後の状況など、ことに知己の間柄にあったとはいえ被害者の心ない常軌を逸した挑発的言動が被告人の本件犯行を誘発する主要因になっていること、前記のように本件犯行は興奮の余りの激情的なものとはいえ気質的に短絡的なものではないことに徴すると、被告人の銃器に対する安易な心構え、そのため被害者の貴重な生命を奪うに至った結果の重大性、遺族らの悲嘆及び本件に関して被害者の遺族らから被告人に対して提起された民事訴訟が係属中で遺族らへの慰謝がいまだ尽されていないこと等を総合勘案しても、被告人を懲役八年に処した第一審判決及びこれを維持した原判決の刑の量定は、一般予防の見地にかたむきすぎた嫌いがあり、前記のような本件の情状を十分考慮にいれたものとは認めがたく、甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認めざるをえない。

よって、刑訴法四一一条二号により原判決及び第一審判決を破棄し、同法四一三条但書により被告事件について更に判決することにし、第一審判決の認定した事実に法令を適用すると、被告人の所為は刑法一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条により第一審における未決勾留日数中一八二日を本刑に算入し、主文第四項記載の押収物の没収につき同法一九条一項二号・二項本文を、第一審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文をそれぞれ適用して、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸 盛一 裁判官 下田武三 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

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